魂の声
朝10時半、一番の上映に間に合うように家を出てシネスイッチ銀座へ向かった。
「フジコ・ヘミングの時間」を見てきた。早くに動けば銀座で一日展覧会も見られるし、用もたせると思ったのだ。さすがに疲れて夕方へとへとで帰宅した。
フジコ・ヘミングの魂に触れるピアノの音色は、悲しくなるほど心を揺さぶられた。
誰もまねのできない生き方、人生をたどるドキュメンタリー映画の間間に流れる演奏は、魂の声だった。
孤独から生まれた魂の叫び、人をたじろがせる音、すべて彼女の生き方が生み出した音色である。
素晴らしかった。
午後、期待して見に行った展覧会が、何の響きもなくて、まるでのっぺりした絵の具の重なりだけに見えたのは、寂しかった。疲れがどっと出た。
大きな会を主宰して、先生先生などと呼ばれ、何がいいのか、ほめている人たちを見ていてますます気持ちが覚めていった。
フジコ・ヘミングとは雲泥の差だった。
気を付けなければいけない落とし穴だ。
孤独の中で我を抱えながら心の叫びをうたい続けること、これが人の心をとらえるのだ。
そうありたい。そうありたい。
今もまだ、あたたかく悲しい音色が琴線をゆすぶり続けている。
いい時間を過ごした一日だった。
「フジコ・ヘミングの時間」を見てきた。早くに動けば銀座で一日展覧会も見られるし、用もたせると思ったのだ。さすがに疲れて夕方へとへとで帰宅した。
フジコ・ヘミングの魂に触れるピアノの音色は、悲しくなるほど心を揺さぶられた。
誰もまねのできない生き方、人生をたどるドキュメンタリー映画の間間に流れる演奏は、魂の声だった。
孤独から生まれた魂の叫び、人をたじろがせる音、すべて彼女の生き方が生み出した音色である。
素晴らしかった。
午後、期待して見に行った展覧会が、何の響きもなくて、まるでのっぺりした絵の具の重なりだけに見えたのは、寂しかった。疲れがどっと出た。
大きな会を主宰して、先生先生などと呼ばれ、何がいいのか、ほめている人たちを見ていてますます気持ちが覚めていった。
フジコ・ヘミングとは雲泥の差だった。
気を付けなければいけない落とし穴だ。
孤独の中で我を抱えながら心の叫びをうたい続けること、これが人の心をとらえるのだ。
そうありたい。そうありたい。
今もまだ、あたたかく悲しい音色が琴線をゆすぶり続けている。
いい時間を過ごした一日だった。
この記事へのコメント
来たる10月14日(日)11:00頃に恒例の石庭会を開催いたします
御多忙中お手数おかけして申し訳ございませんが、食材等の準備の都合上、10月7日(日)までに人数を含めて、ご連絡ください
それでは、失礼いたしました